欧州ジェットスキー事情見聞録 9:トルコ編
レポート福井 昇
世界を股にかける”さすらいのジェッター“福井氏も今度ばかりはさすがに面食った!かの有名なボスボラス海峡で、なんとソ連の原子力潜水艇と遭遇してしまったのだ九死に一生を得た福井氏のトルコ・ジェットスキー見聞記やいかに・・・・
紺碧の海とエキゾチックな街並み・・・イスタンブール
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| 1986年5月25日、イタリアのアリタリア航空で一路トルコ・イスタンブールへと向かった。トルコという名は昔から地図の上では知っていたが、まさかこんな形で訪ねることになるとは思ってもみなかった。飛行機は我々の通常のビジネスクラスのチケットでファーストクラスに乗せてくれた。そこにいたのはわれわれ3人と別のグループの2人の日本人、そして白人の計6人だけである。当然後は満席、よほど日本人が金持ちと思われたのであろうか。6時間ほ程でイスタンブールに到着、初めて足を踏み入れる中近東である。この地はアジアとヨーロッパの境界であるが宗教や土地柄は、“中近東”とはっきりわかるくらいヨーロッパ文化とはかけはなれた国であった。空港に出たとたんに一気に独特の世界へと入り込んでいくような気がする。 |
車は多いが街並みや歩いている人達は時代の流れが止まってしまったかのように、古い歴史とエキゾチックさが漂う町だ。
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ボスポラス海峡で・・・
ジェットと原潜、接近遭遇! |
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まさに“中近東”を感じさせるトルコでのライディング
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かつての東ローマ帝国の城壁が何kmも続く中、9艨Xの車は、かの有名なボスポラス海峡に着いた。イスタンブールは海峡を境にヨーロッパとアジアに2分されている。
空港から車で30分程で、我々カワサキのトルコディストリビューターになる、"OZBA(オズバ)”という会社に到着、囲りはトルコ特有のガレキの家々が密集し、道はデコボコ、ほこりだらけ・・・これでも”イスタンブール市内”である。この会社はコンクリートのビルで我々が通された部屋からは市内が一望できる。見るからに市内は”茶褐色”という感じ、その中にトルコ独特の丸い屋根の先端がトンガリ帽子の寺院がたくさん見える、まさしくここは「中近東」だ。
午後4時になると、どこからともなく映画で聞いた事のあるような歌が市内にこだまする。これが、「アラーの神への祈りの時間」を知らせる歌なのである。この歌が始まると、我々の居るこの近代的ビルの中でも何人かは帽子をかぶり、“祈りの部屋”に飛びこんでいった。太陽の方向に両手を上げ、お祈りをしている。このような“祈りの時間”が1日6回ほどもあるというのだ。もっとひどいことに、我々が訪れたこの時間は、ちょうど、”ラマダという断食の期間に入っており、とにかく2週間の間は水は飲んでもよいが食事はダメなのである。(真夜中12時から朝6時まだは食べてもよい)実際、空港に迎えに来ていた運転手も、その、”ラマダに入っており、顔色が悪く目の下にクマが出来ている。運転手に聞くと皆、腹が減り、イライラしている。 |
この時期は交通事故が多発する時期ーということだ。早く日本に帰りたいと思って言る自分にとって、彼らの運転には少しビビッた。
翌5月26日、オズバから来たメカニックにジェットスキートレーニングを開始する。ところがトルコの人達はスペインやイタリアの人達よりも集まりが悪く、人の言うことも全く聞こうとしない。まるで保育園の園児と話しているようだ。それでいて昼食はたっぷり2時間、フルコースである・・・ほとんどトレーニングにはならない。が、それでもラマダを行っている人たちはテーグルに着いても水だけを飲んでいる。食事のトルココーヒー(ターキッチュコーヒー)は苦くてうまい。上澄みだけを飲み、一気にノドに通す。トルコに行ったら、是非体験してほしいおススメの飲みものである。
ボスポラス海峡でのライディング
”第1の橋”をバックにボスポラス海峡を始めてジェットスキーが走る。
アンタリアリゾートイスタンブールから約100km、トルコの南方に位置するリゾート、「ロビンソンクラブ」のプール。泊り客の99%はドイツ人である。
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ボスボラス海峡で初めてジェットに乗った男、
それは“私”
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5月27日、いよいよトルコのプレス向けデモンストレーション。
”私が世界で初めてボスポラスでジェットに乗った男だ!”デモ地は海峡の中に人工的に作られた小さな島である、会員制でVIPしか入れないクラブになっている。島にはクラブハウスやプールがあるが海峡の中なので流れは急だ。ジェットスキーは岸から3台、小舟で運んだのだが、現地人が珍しそうに眺めていたので値段を言ったら飛び上がるほど驚いていた。なんと彼らからすれば一生働いた分の給料に相当する程で、日本円で100万円である。しかも個人の持ち物にすると政府から120%も税金が掛けられるというから、一般市民には到底手の届かない代物だ。
当日、プレス20人、TV局も登場し、カメラを回している。一緒にデモンストレーションをしたいといって来たトルコの有名タレント(残念ながら男性!)に手ほどきをし、TV向けのデモンストレーションを行った。天気は良いが暑い!!
この海峡は1.7km、流れが速く塩水で、北のソビエトから南へ向かい、地中海へと流れ出ている。折りしも4月にチェルノブイリ原発の事故があったばかりで、その冷却水がこの海峡に流れ込んでいるということで、毛が抜けるのではないかと気にかけながら30分ほどジェットを走らせた。しかし、ここはソビエトの大型船など交通量が多くせまい海峡をたくさんの船が行き来している。が、TV局のカメラは回り、プレスは時計を取り出しGO!サインを出している。ジェットは440の新艇、一気にスタートすると後からタレントも座ってついて来る。かまわずに飛ばして行った。走りの途中、タレントのマシンと出会うがU3^ーンをさせて帰路につく。−とその時である、突如現れた“黒い影”。小説に出てきそうなこのことばがピッタリの珍しい影。ソビエトの原子力潜水艦だ、しかも真黒でデカイ!私は絶対に“撃たれる”と思った。我々2台の白いジェットが魚雷に見えるのではないかと心配したのだ。しかし運よく撃たれずに生きて帰れた。もしあれが向かっていく途中だったら、今頃、このレポートは無かったかもしれない。(おおげさだったかな!?)島に戻るなり、プレス連中もギャラリーもタイムより原潜の話題でもちきりで、同行のN氏からも『福井君危なかったなあ」と心配されてしまった。
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この事件は翌日、トルコの新聞にも写真入で大きく掲載され、TVでも放映された。〔記念にコピーを保管しています!)翌日、我々3人と”オズバ”の現地マネージャー、そして伊藤忠のT氏5名でイスタンブールからターキッシッエアーでトルコの南側、「アンタリア」というリゾート地に移動する。
ここの地中海クラブと別のクラブの2カ所でジェットスキー・デモンストレーションを行った。マシン2台は小型のトラックで運ぶこと実に1000km!たとえ現地人が運ぶにしても未舗装の道はキツイ。
アンタリアの空港からリゾートまでは120kmもあり、5人乗りでジャリ道を砂漠の中、2時間も走る。夜だったので灯り一つもなく・・・・。
しかし、私は生まれて初めて地平線・空一面の星を見た。“日本でだって・・・”という所もあるが、さすがに”真横の星”を見た日本人は多くないだろう。この砂漠の星空は一生忘れない。
イスタンブール市内独特のトンガリ帽子の屋根がエキゾチックな中近東を感じさせる

ロビンソンクラブのスポーツ施設
クラブ内のスポーツ施設は全て無料で使用できる。ほとんどのツアー客は2〜3週間滞在する
このトラックで(!?)1000km
イスタンブールから1000kmのでこぼこ道をマシン2台積込みドライバー一人で輸送。
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次回は“森と湖の国・フィンランド”
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| 次回の見聞記は一気に北上し、フィンランド・ヘルシンキへと向う湖に囲まれた地では、まさに、「水を得た魚」と化した福井氏・・・・ |

ボスポラス海峡でソ連原潜と遭遇
出たー!ソ連原潜はこの海峡で浮上して航行することをトルコ政府より義務付けられている |
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